2019年01月/ 12月≪ 12345678910111213141516171819202122232425262728293031≫02月

mo.jpg

韓国はなぜ分断国家になったのか

2019’01.18・Fri

韓国はなぜ分断国家になったのか

朝鮮半島が日本の植民地支配から解放された1945年8月15日から大韓民国が成立した1948年8月15日までの3年間に、果たして何が起こったのか。
朝鮮半島が南北に分断されていく過程を振り返ってみよう。

33692_3_1504480866957.jpg

アメリカとソ連の対立

太平洋戦争で日本の敗戦が濃厚になった1943年11月、連合国側のアメリカ、イギリス、中国の3首脳はカイロ会談を行なっている。
それは、日本の戦後処理を話し合うものだったが、その中で「朝鮮人民の奴隷状態に留意して、朝鮮を自由・独立させる決意を有する」と宣言された。
これがカイロ宣言だ。
朝鮮半島を独立させるという決意は、その後のポツダム宣言においても再び確認されている。
日本の敗戦後には、勝利した連合国側の意向によって、朝鮮半島の独立は約束されていたのだ。

1945年8月15日、日本はポツダム宣言の受諾を正式に表明した。
その日は、朝鮮半島にとって1910年以来の植民地支配から解放された日だった。
今でも韓国で一番重要な祝日になっている。
日本の敗戦によって、朝鮮半島の人々は新しい国家が樹立できるものと信じて疑わなかった。
しかし、カイロ宣言にもかかわらず、アメリカとソ連の間で深刻な対立が起こって事情が変わってしまった。
ソ連は日本の敗戦直前の8月8日に対日宣戦を布告して軍隊を朝鮮半島北部に向かって進めた。
8月22日には平壌(ピョンヤン)にソ連軍が入っている。
一方、朝鮮半島南部にはアメリカ軍が進軍。
朝鮮半島は北部にソ連軍、南部にアメリカ軍が駐留することとなった。
その当時、朝鮮人民はどのような動きをしていたのか。

大国による信託統治

植民地支配から解放された8月15日の当日には、独立運動を主導した有力者を中心にして朝鮮建国準備委員会が組織された。彼らは、9月6日には朝鮮人民共和国の樹立を宣言したのだが、実体がともなっていなかった。
すでに、38度線を境界として「南側にアメリカ軍、北側にソ連軍」という分割占領策が始まっていたからだ。
それは、独自政府を熱望する朝鮮人民の気持ちを否定するものだった。
12月27日、アメリカ、イギリス、ソ連の3カ国がモスクワで外相会議を開き、朝鮮半島を5年間にわたって共同信託統治にすることを決めた。
これがモスクワ宣言である。

一方的な信託統治に対する朝鮮人民の怒りは大きかったが、その一方で、植民地時代に独立運動で名を馳せた有力者の間でも志向の違いが顕著になった。
特に、植民地時代に満州との国境付近を根拠地にパルチザン活動を行なった金日成(キム・イルソン)と、主にアメリカで独立運動を続けて解放後に帰国した李承晩(イ・スンマン)は、めざす方向がまるで違った。
結果的に、左派と右派の対立が深刻になっていった。
1946年2月8日、平壌で北朝鮮臨時人民委員会が発足した(後に正式な北朝鮮人民委員会となった)。
委員長は金日成だった。
すかさず、2月14日には南朝鮮に大韓民国代表民主議院が設立された。
李承晩が議長となった。
いずれにしても、金日成の後ろ楯はソ連であり、李承晩はアメリカの軍政に支えられていた。
両者は米ソの意向に逆らうことはできなかった。

国連の決議

朝鮮半島が南北に分裂していく中で、アメリカとソ連はソウルで二度にわたって共同委員会を開いた。
その場で、アメリカとソ連の意見がまったく異なっていた。
アメリカは、すべての政治団体の参加を許して統一臨時政府を樹立することをめざした。
一方のソ連は、信託統治に賛成する政治団体だけで臨時政府を作ろうとした。
そんな両国の対立は解消されずに共同委員会は決裂してしまう。
そこで、アメリカは朝鮮半島の独立問題を国連総会に提議した。

1947年11月14日、国連は「監視のもとで朝鮮半島で選挙を行ない、独立した政府の樹立をめざす」と提案した。
ソ連は北朝鮮での影響力を失うことを恐れて反対したが、提案は絶対多数で可決された。
1948年1月9日、北朝鮮人民委員会は国連の臨時委員会が朝鮮半島北部に入ってくることを拒否した。
それは、ソ連の意向に沿った措置だった。
これによって、北朝鮮で選挙を行なうことが難しくなってしまった。
国連は仕方なく、選挙ができる地域だけで先に行なって独立した政府を樹立しようという決議をした。
結果的に、その決議が朝鮮半島の分断を誘導してしまった点は否めない。

2つの政府

単独選挙には南朝鮮でも反対が多く、4月3日には済州島(チェジュド)で武装蜂起が発生し、多くの島民が虐殺されてしまった。
これが「4・3事件」である。
さらに、独立運動の闘士で人望があつかった金九(キム・グ)も「朝鮮半島南部だけで選挙を行なうことは分断の固定化を招く」と考え、統一した政府の樹立に尽力した。
北朝鮮にまで出向いたのだが、結局は失敗に終わり、後に金九は暗殺されてしまった。

国連の監視下で、1948年5月10日に朝鮮半島南部だけで総選挙が行なわれた。
その結果を受けて国会が開かれ、憲法を制定する作業が進み、「親米」「反共」を鮮明にしていた李承晩が大統領に選出された。
そして、1948年8月15日に大韓民国の樹立が宣言された。
記念式典の演説で李承晩はソ連を強く非難した。
大韓民国の成立を受けて、北朝鮮も素早く動いた。
金日成を首相とする朝鮮民主主義人民共和国が9月9日に成立した。
金日成は大韓民国の成立を激しく罵倒して、祖国統一を第一の目標にすることを宣言した。
こうして朝鮮半島は、お互いに正統性を主張する2つの政府によって分断され、それが後の朝鮮戦争という悲劇につながってしまった。

-愛してる韓国ドラマK-POP-



ブログ村に参加しています。
拍手にポチッ!ブログ村にポチッ!としてくださるととても嬉しいです

にほんブログ村 芸能ブログ 韓国男性芸能人・タレントへ
にほんブログ村 web拍手 by FC2
line

最悪に突き進む韓日関係

2019’01.18・Fri

最悪に突き進む韓日関係、「経済ブーメラン」として返ってきている

韓日関係が崖っぷちに突き進んでいる。
強制徴用賠償判決と慰安婦和解・癒し財団の解散、そして「レーダー事件」と新日鉄住金の韓国国内財産差し押さえと続きながら悪化する様相だ。
ぎくしゃくした両国関係は国防白書にまで反映された。
数日前に出された「2018年国防白書」は韓日関係と関連し、「自由民主主義と市場経済の基本価値を共有」というこれまでの表現をなくした。
また、周辺国との軍事交流協力順序もこれまで韓日、韓中、韓ロの順だったものを韓中、韓日、韓ロの順に変えた。

日本も強硬に対抗する局面だ。
安倍晋三首相は強制徴用賠償判決が「国際法に照らしてあり得ない判決」としながら具体的措置を取ると明らかにした。
安倍首相は先月開かれた韓日議員連盟合同総会に祝辞も送らなかった。

問題はこうした両国間の対立が経済問題にまで広がり始めたという点だ。
日本は強制徴用賠償判決が下されから1週間後に韓国政府の造船産業支援が不当だとして世界貿易機関(WTO)に提訴した。
続けて最近では韓国政府に過去10年分の詳細な支援内訳を提出するよう要求してきた。
造船業界に対する公的資金支援が公正な国際競争を妨害し日本企業に被害を与えたという主張だ。

関連業界では日本が今年世界1位を奪還した韓国の造船産業を牽制するのと同時に、強制徴用賠償やレーダー事件などと関連して韓国を圧迫する手段として通商問題を持ち出したとみている。
せっかく回復の機会をつかんだ造船業界の困惑はただごとではない。
ややもすると韓国政府の造船会社支援に支障が出るだけでなく日本に相殺関税を払わなくてはならない状況がきかねない。

重要なのはこれが終わりではないかもしれないというところにある。
韓国は素材、部品、装備の面ではまだ日本に依存している。
1997年11月初め、日本は韓国から100億ドルの資金を回収していった。
当時の対外債務1200億ドルを考慮すると相当な金額だった。
それなりの事情があっただろうが韓国はほどなくIMFに救済金融を申請した。
外交では名分も重要だがこれにばかり執着していてはさらに大きな実利を失いかねない。
韓日関係の不協和音がさらに大きな経済ブーメランとして返ってきてはならない。

-韓国経済新聞社-



ブログ村に参加しています。
拍手にポチッ!ブログ村にポチッ!としてくださるととても嬉しいです

にほんブログ村 芸能ブログ 韓国男性芸能人・タレントへ
にほんブログ村 web拍手 by FC2
line

ウットリ!斜め45度の花美男

2019’01.17・Thu

ウットリ!斜め45度の花美男

どんなに好きなスターでも、正面から見た顔に慣れすぎていると、斜め45度の角度から見たとき、「アレッ、イメージが全然違う」と思うことがある。
角度が変われば、そこに新しい発見があるのだ。
もっとも、花美男はどの角度から見てもいいに決まっているのだが……。

1_201901171358040d5.jpg

2_201901171358050e8.jpg

様々な角度から花美男を分析する

かつて、「男の顔は履歴書」と言っていた著名な評論家がいた。
男たるもの、その顔に今までのキャリアが注ぎ込まれていなければならないという意味なのだ。
とはいえ、若い韓流スターの場合は、「男の顔は履歴書」と言うほど人生のキャリアをたっぷり積んだわけではないが、やはり花美男と言われるだけあって、その華麗な風貌には内面的な美しさも見え隠れしている。
実際、私たちが韓流スターを見るとき、正面から見た顔が一番記憶に残っている。
テレビ画面でも雑誌の誌面でも顔が大きく出るときは正面から撮影したものが一番多いことだろう。
ただ、正面から見た顔というのは、その人の顔の造形がストレートに出すぎてしまうのではないか。

確かに、花美男と呼ばれるほど顔の造形が美しければそれにこしたことはないのだが、やはり真正面というのは様々な角度の1つにすぎない。
見る角度によってその人のもっとも美しく見えるポイントが違うということを考えれば、様々な角度から花美男を分析するほうがずっと楽しい。

3_2019011713580701c.jpg

4_2019011713580873e.jpg

ポイントは鼻

真横から見た場合は顔の半分が隠れてしまうので、せっかくの花美男がもったいない、というか、何か惜しい気がする。
といっても、真正面からだと花美男のすべてをさらけ出してしまい、逆に気恥ずかしいということもある。
それで、微妙な角度として重宝できるのが斜め45度なのである。
正面でもない、横でもない……それが、斜め45度の角度というものだ。
顔というものが非常に立体的であると考えれば、もっともデリケートにその人の顔を一瞬で捉えるのが、その角度なのである。

特にポイントになるのは鼻である。
正面から見た鼻は比較的平面に見えるし、真横から見た鼻はとんがっているように見える。
しかし、斜め45度の角度から見ると、鼻というものがいかに顔の真ん中にあって、重要な造形のポイントになっているかがわかる。
特に花美男と言われている人たちの鼻は本当に美しく芸術的な造形美になっている。
そのことが本当によくわかるという意味でも、斜め45度の角度を尊重したい。
とはいえ、顔の造作1つ1つを取り上げて論評するのも、あまり品のいいことではない。
全体としてファンは、好きなスターの顔のイメージを自分なりに膨らませて憧れを増幅させるので、そのイメージの構築に邪魔となることは控えたい。

5_20190117135810bd3.jpg

6_20190117135811264.jpg

眼差しが一層優しくなる

イメージというのは、そのスターがかもし出しているオーラが決定的に影響する。
それだけに、可能であれば角度を変えてスターを改めて見るという自分なりのスタイルを広げたい。
もう一つ、韓流スターを見る場合に忘れてはならないのは、彼らが、儒教的な倫理観が社会に根強く浸透している韓国で暮らしているということだ。
そんな韓国で特に儒教の影響を感じるのは、「長幼の序」がいまだに重んじられていることを実感したときだ。

なんといっても、韓流スターは若いので、取材してくれる記者や応援するファンのほうが年上の場合が多い。
いくら韓流スターが人気者とはいえ、自分のほうが相手より年下だと思うと、常に謙虚になる。
また、韓国語というのは敬語が非常に細かく規定されていて、そうした敬語を使うときは誰もが表情が奥ゆかしくなる。
それがまたファンにはたまらないのだが、謙虚な彼らを斜め45度から見ると、眼差しが一層優しくなるように感じられる。
そういう意味でも、花美男を見るなら、斜め45度の角度がお勧めだ。

-愛してる韓国ドラマK-POP-



ブログ村に参加しています。
拍手にポチッ!ブログ村にポチッ!としてくださるととても嬉しいです

にほんブログ村 芸能ブログ 韓国男性芸能人・タレントへ
にほんブログ村 web拍手 by FC2
line

日韓の二千年の歴史4

2019’01.16・Wed

日韓の二千年の歴史4/蘇我氏と物部氏

DSCF6706.jpg

捨てられた仏像

百済(ペクチェ)の聖王(ソンワン)の使者が来日して、欽明天皇に釈迦仏の金銅像と経論などを贈呈した。
仏教の受容をめぐって、政権を支える2大勢力が対立した。
欽明天皇は蘇我氏と物部氏の間をとりもちながらも、やや蘇我氏寄りの判断をした。
「稲目に授けるゆえ、試しに拝んでみたらどうか」
蘇我稲目(そがのいなめ)は内心ほくそえみ、仰々しく平伏した。
屋敷に戻った蘇我稲目は、金銅像を安置して、百済の使者から教わったとおりに拝み続けた。
後には小さな寺まで造り、蘇我稲目は仏道を究めようとした。
折り悪く、疫病がはやって若死にする者が続出した。
批判の声を強める物部尾輿(もののべのおこし)は、欽明天皇に上訴した。
「臣が反対しましたが、聞き入れられず、世に病死が増えました。あの仏を早めに捨てて、世を平穏にすべきではないでしょうか」
欽明天皇も賛意を示した。

物部尾輿はすぐに蘇我稲目から仏像を取り上げて、難波(なにわ)の堀江に捨てた。
さらには、見せしめとして寺に火をつけた。
不思議なことが起こった。
晴天で無風だったのに、宮の大殿に火事が起きた。
仏がお怒りになったのだろうか。

蘇我氏と物部氏の攻防

それから半年ほど後のことである。
河内の国から報告があった。
「泉郡の海中から、仏教の礼拝時に奏でるような音がしてきます」
欽明天皇は使者を送って調べさせた。
すると、海中から光り輝くクスノキが発見された。
欽明天皇はそのクスノキで仏像二体を造らせた。
物部氏の猛反対にもかかわらず、仏教を邪神とみなしていないのだ。
何よりも、当時の大陸で普遍的に信仰されているという事実を重んじた。
結局、蘇我氏と物部氏の間で起こった仏教の受容をめぐる対立は、数10年も続いた。
つまり、ヤマト政権の主導権をめぐる争いの中で、仏教が一番の争点になったのだ。
やがて、治世は欽明天皇、敏達天皇、用明天皇へと移った。

この用明天皇が在位2年足らずで世を去ってから、その後継者をめぐって蘇我氏と物部氏の対立が一層激しくなった。
蘇我馬子(そがのうまこ)は、蘇我氏の血を引く王族を王位につけようと先手を打った。
窮地に陥った物部守屋(もののべのもりや)は、本拠地の河内にいったん退いて、次の決戦に備えた。
攻める蘇我氏、守る物部氏。
物部守屋は師弟と兵士を集めて稲で砦を築いて防御を固めた。
そのうえで、上から蘇我軍をめがけて激しく矢を射った。
雨のように降ってくる矢におそれをなして、蘇我軍は三度も退却せざるをえなかった。

弓の達人

蘇我氏の側についていた厩戸(うまやど)皇子は、後ろから戦況を見ていて思わずつぶやいた。
「この戦は負けるかもしれない。願をかけなければ……」
厩戸皇子は霊木と称される木を切って四天王の像を即興で造り、束髪の上に載せた。
「この戦、ぜひ私どもに勝たせてください。願いが叶いましたら、かならず寺塔を建てます」
一心に祈る厩戸皇子。
その姿を見ていたら、蘇我馬子も、仏に祈らずにはいられなかった。

「我らをお守りください。勝たせてくださったら、寺塔を建てて三宝を広めます」
蘇我馬子は祈りを終えると、作戦の変更を同志に伝えた。
「守屋1人だけを徹底的に狙え」
その意をくんだ配下の者たちが、木にのぼって陣頭指揮を取っている物部守屋を執拗に狙った。
配下の1人が弓の達人だった。
彼は、木々の間を狙って物部守屋に矢を命中させるという離れ業を演じた。
大将が死んで物部軍は総崩れになった。
敗残兵は命ほしさに散り散りとなって逃げていった。
物部氏は滅び、蘇我氏の天下となった。
(次回に続く)

-愛してる韓国ドラマK-POP-



ブログ村に参加しています。
拍手にポチッ!ブログ村にポチッ!としてくださるととても嬉しいです

にほんブログ村 芸能ブログ 韓国男性芸能人・タレントへ
にほんブログ村 web拍手 by FC2
line

人気店に行列する客、韓国と日本で大違い

2019’01.16・Wed

人気店に行列する客、韓国と日本で大違い

2019011180087_0.jpg
▲写真上は8日、ソウル市中区乙支路のスンデ(豚の腸詰め)人気店に入ろうと、歩道を占領して待っている韓国の客。写真下は東京・新宿のラーメン人気店「ラーメン二郎」前に並ぶ日本の客。歩行者の通行の妨げにならないよう、建物に沿って並んでいる。

傍若無人の韓国…歩行者が通れないほど「歩道占領」

思いやりの日本…建物にできるだけ沿って行列

 テレビで紹介され、突然有名になったソウル市西大門区弘恩洞のトンカツ専門店「トンカ2014」は8日、一日中営業ができなかった。
開店を待っていた客同士が割り込みをめぐってケンカになったからだ。
「一番乗り」で入ろうとした客2人が「自分の方が先に来た」と譲らずにケンカになったため、オーナー店長のキム・ウンソさん(40)が「今日は休業にする」と宣言した。
キムさんは「行列中に問題が起こったら、その日は休業するという原則を作った」と話す。
14人で満席になる同店は昨年11月にテレビで放送されて以来、毎日100人前後集まるようになった。
店の周辺では騒音やマナーの悪さがひどくなり、地元住民ともめている。
ある住民は「こんなことなら、ここを出ていけ」と抗議した。
近くに住むイさん(69)は「窓から客のざわめきが聞こえてきて耳障りだ。一般の住宅の玄関前まで人が並んでいて通行できないなんて、どうやって生活しろと言うんだ」と怒りをあらわにした。

 最近、テレビやソーシャル・メディアで紹介された人気飲食店に客が集中し、「行列マナーの悪さ」が住民生活に不便を強いるとの指摘がある。
他人を気遣ったり思いやったりしない一部の客は歩道や車道を占領し、隣家の玄関前や隣の店の出入口をふさいで並ぶ。
住宅街にある人気店では、隣家との間の塀の近くに立って大声でおしゃべりをする客のせいで近所からの抗議が急増している。

 7日夜7時30分、スンデ(豚の腸詰め)の人気店として知られているソウル市中区乙支路の「山水甲山」前は、入店を待つ客ら約30人で足の踏み場がなかった。
歩行者たちは客を避けて歩道から車道にいったん降り、また歩道に上がらなければならなかった。
まかり間違えば車にひかれかねない危ない状況だ。
20件余りの印刷物を積んだカートを押してきた印刷所従業員アン・ミョンハさん(53)がたまりかねて「通ります」と言うと、客たちは少しどいてスペースを作った。
アンさんは「一日に数十回カートを押して通らなければならないが、マナーが悪い客のせいで通行に苦労している。少なくとも人が通れるようにすべきでは」と言った。

このようにマナー無視で危険な「行列戦争」は、人気ファッション・ブランドが限定品を売り出す時も毎回、繰り広げられる。
昨年11月にあるブランドがスニーカーの限定品を先着順で販売した時は、ソウル市江南区清潭洞にある店の前に並んだ客の列が5重にもなり、歩道を占領した。
「行列マナーの悪さ」が日常の光景となっているのは、通勤時間帯のバス停留所だ。
会社の事務所が密集しているソウル市内の江南や鍾路一帯には広域バスを待つ客の列がいつも歩行者の通行を妨げている。
今月7日夕、長い列ができていたソウル・世宗路のバス停を通り過ぎようとしていた会社員のキム・チャンヨウンさん(34)は「通行スペースを確保せずに並んでいるから通れない。毎日、列の間を通り抜けようと、並んでいる人の顔色をうかがわなければならないので困惑している」と語った。

 日本では、韓国のような無秩序な並び方はほとんど見られない。
日本人は並ぶ時、できるだけ建物に沿って並ぶので、ほかの人々の通行を妨げることがない。
列が長くなる時は通行スペースを確保しておく。
待っている間はずっと、大声でおしゃべりするのではなく、持ってきた本を読むなどして静かにしている。
米経済専門メディア「ビジネス・インサイダー」は「日本人は行列するのが『insanely』(=正気とは思えないほど、とんでもなく)うまい。軍事作戦のように見えるほどだ」と伝えた。

 成均館大学のク・ジョンウ教授は「他人への配慮が身についている日本に比べ、韓国は『他人よりまず自分』という認識が強いためにこうした現象が生じている」と話す。
光云大学公共コミュニケーション研究所所長を務めるイ・ジョンヒョク教授は「(韓国では)スニーカー限定品の購入や人気店への入店を待つ時のように、並ぶことに対してきちんとした秩序がない。日本やカナダのように歩行者を思いやって並ぶ文化を学ばなければならない」と語った。

-朝鮮日報-



ブログ村に参加しています。
拍手にポチッ!ブログ村にポチッ!としてくださるととても嬉しいです

にほんブログ村 芸能ブログ 韓国男性芸能人・タレントへ
にほんブログ村 web拍手 by FC2
line
line

FC2Ad

line

うさまま

Author:うさまま



新旧織り交ぜたヨンジュンssi

のフォトやニュースを楽しみながら、毎日を頑張りましょう!

遠くても心はいつも

ヨンジュンssiと一緒に…

line
line
 今月のカレンダー☆1月
line
 にほんブログ村
にほんブログ村 芸能ブログ 韓国男性芸能人・タレントへ
line
日本公式
bofi.jpg
line
韓国公式
mo.jpg
line
公式モバイル・スマホサイト
mo.jpg
line
 ペ ヨンジュン見るならDATV
bofi.jpg
line
おすすめリンク 
line
最新記事
line
 楽天市場
line
 Amazon
line
月別
line
カテゴリ
line
検索フォーム
line
お気軽に 
line
お便りフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

line
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

line
QR
line
sub_line