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朝鮮王朝で一番ひどい“極悪ファミリー”

2019’08.13・Tue

朝鮮王朝で一番ひどい“極悪ファミリー”とは?

朝鮮王朝の政治の世界では、多くの悪人が暗躍していた。
それは、韓国時代劇が描くとおりだ。

その中で家族がこぞって悪人だったのが、文定(ムンジョン)王后と尹元衡(ユン・ウォニョン)と鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)のファミリーだった。



まず取り上げる文定王后は、朝鮮王朝の11代王・中宗(チュンジョン)の三番目の正室だった。

中宗の二番目の王妃が産んだ長男が、後に12代王になる仁宗(インジョン)だ。
しかし、その王妃は産後すぐに亡くなってしまう。
そこで、中宗は再婚して文定王后が仁宗の継母になったのである。

文定王后は最初こそ仁宗を可愛がっていたのだが、自分も中宗の息子を出産することになった。
つまり、文定王后がお腹を痛めて産んだ子を王にしたいと思った途端に、仁宗が邪魔になってきたのだ。

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ドラマ『オクニョ 運命の女』に登場する文定王后(女優キム・ミスク)

やがて、文定王后は仁宗の暗殺を狙い始めた。

1544年に中宗が亡くなった後、仁宗が12代王として即位したが、わずか8カ月で世を去ってしまう。

実は、文定王后が仁宗に勧めた餅に毒が盛られていたと言われている。
仁宗の死によって、文定王后は自分が産んだ息子を王に就けることに成功する。
仁宗に子供がいなかったからだ。

こうして即位したのが13代王・明宗(ミョンジョン)である。

明宗はまだ11歳という未成年だったので、王族最長老であった文定王后が代理で政治を行った。
その当時、朝鮮半島では長い凶作が続き、餓死する人が多かった。
しかし、文定王后は政治の責任者でありながら、何の手も打たずに民を見殺しにした。
さらに、自分の一族で利権を独占して政治を腐敗させた。

自分の私利私欲で政治を牛耳ったという意味で、文定王后ほどひどい統治者は他にいなかった。

この文定王后の実弟が尹元衡(ユン・ウォニョン)だ。

狡猾な尹元衡は、姉の威光を利用して大出世を果たしていった。
そんな尹元衡が政敵を粛清するために画策した陰謀が、1547年に起こった良才(ヤンジェ)駅壁書事件である。

事件の発端は、都の南にあった良才駅で政権批判の張り紙(壁書)が発見されたことだった。
そこには、「上では女王が、下では奸臣が権力を占めているから国が滅びてしまう」ということが書かれてあった。

尹元衡は政敵の仕業であると捏造し、「女王」と名指しされた文定王后の指示をあおぎながら、この張り紙を大問題に仕立てあげた。

その結果、尹元衡の政敵はことごとく排除されてしまった。
こうなると、尹元衡の横暴ぶりも限界がなくなる。
姉の文定王后が「陰の女帝」として君臨していることを利用して、尹元衡はあまりにひどい賄賂政治を続けた。

そんな尹元衡の妾となったのが鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)だ。

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ドラマ『オクニョ 運命の女』に登場する鄭蘭貞(女優パク・チュミ)

この鄭蘭貞は、文定王后の手先となって数々の悪事に手を染めた。
しまいには、尹元衡と共謀してその妻を毒殺し、自分が妾から正妻になった。
授けられた品階は従一品。
信じられないほど高位の身分を獲得した。

まさに、極悪のトライアングル。

文定王后と尹元衡と鄭蘭貞……これほどひどいファミリーは他にいなかった。

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韓国で焼肉を食べると…

2019’08.12・Mon

韓国で焼肉を食べると果たしてどういうことになる?

韓国に行ったら、絶対に焼肉を食べたい。
しかし、注文を間違わないようにしなければならない。
韓国で焼肉といえばまずはプルコギなのだ。
「プル」は火で、「コギ」は肉という意味。
これは味がついたロース肉をヂンギスカン鍋のような鉄板で焼くものだ。

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これだけの一品料理がみんな無料!

一品料理はすべて無料

韓国で肉を焼いて食べる、というと、一番ポピュラーなのが、味が付いていない豚肉を鉄板で焼いて塩入りのゴマ油で食べる「サムギョッサル」だ。
安くて人気がある。
一方、日本の焼肉のように網焼きで食べたければプルコギでなく「カルビ」を注文すればいい。
味が付いた骨付きカルビをハサミで切りながら炭で焼いてくれる。
これなら、「本場で念願の焼肉を食べた」という気になるだろう。
まずは、カルビ2人前とビールを注文した。
先に出されたビールを飲んでいると、カルビが焼き上がる前にテーブルいっぱいに一品料理が並んだ。
白菜キムチ、生野菜、味付けネギ、メカブ、カニ、モヤシ、水キムチ、豆腐……。
出てくる、出てくる。
メインディッシュさえ注文すれば、こうした一品料理はすべて無料でお代わり自由だ。

ビールのつまみに最高なので、小皿に盛った一品料理もどんどんなくなっていく。
その度に頼むと、愛想よく次々と持ってきてくれた。
景気よく食べていると、他の客の相手をしていた50歳くらいのアジュンマ(おばさん)がやってきた。

根は親切

アジュンマは、雰囲気からいって女主人であることは間違いない。
ニッコリ笑って、網で焼いていたカルビを手際よくハサミで切り始めた。
このアジュマがやたらと明るい。
こちらが日本から来たと知って、ブロークンな日本語で怒濤のように話しかけてきた。
「あんたたち、いい男だから、私が食べさせてあげるわ。ホラ、肉はこうして味噌を付けて葉っぱに巻いて食べるとおいしいのよ。口をアーンと開けて。なに、恥ずかしがってんの。口を開けなさいってば。そうそう、でっかい口ねえ、何でも食べられそうね。そっちのメガネの人も口を開けて。日本はどこから? 東京? 東京って物価が高いんだってねえ。韓国のほうが肉は安いから、もっとカルビを食べなさいよ。もう2人前、持ってこようか」
話が途切れたと思ったら、注文の催促である。
いかにも商売上手なアジュマだ。
しかし、根は親切。
次々に、新しい一品料理を持ってきてくれた。

すべて無料。
本当にうれしい。
満腹になったところでアジュマの笑顔に見送られて店を出た。
韓国で美味しいものをたくさん食べるという醍醐味を感じた。

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韓国に旅行に行くとなぜか…

2019’08.10・Sat

韓国に旅行に行くとなぜか親切な人にたくさん出会う!

たとえば韓国に旅行で行って「とても親切な人に助けられた」という経験を持った人はとても多いに違いない。
今回は、たまたま釜山で出会った忘れられないハラボジの話をしてみましょう。

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現れたハラボジ

釜山(プサン)に行って地下鉄の切符を買おうとしたときのことだ。
目の前の自販機は1万ウォン札(約1000円)が使えないものだったのだが、あいにく1万ウォン札しか持っていなかった。
両替機がないかとキョロキョロしていたら、「ワシの出番だ。まかせとけ」といった雰囲気で70歳くらいのハラボジ(おじいさん)が近づいてきた。
「日本から来たのか。そうか、そうか。釜山でたっぷりお金を使っていってね」
ハラボジは観光客誘致に人生を捧げているような感じで、日本語で切符の買い方を一から説明し始めた。
ハラボジの好意を無にしたくなくて、そのまま黙って説明を聞いた。
まるで5歳の子供に切符を買わせるように、ハラボジの説明は細かかった。
ひと通り説明を聞いたあと、私は1万ウォン札を見せて「両替機はないか」と聞いた。
すると、ハラボジはズラリと並んだ自販機の左側を指した。

そこで、ハラボジに礼を言い、一番左側まで行った。
そこの機械には先客がいたので、その人が終わるのを待ってから、1万ウォン札を挿入した。

親切でお節介な人たち

1万ウォン札を入れるとポコッと出てきたのは、漫画で幸せそうな家族を描いたカラフルなカードだった。
あわてて、さっきのハラボジが寄ってきた。
「アンタ、それ、宝くじだよ。両替するなら、その右の機械!」
確かによく見ると、両替機は宝クジの機械の右側にあった。
それにしても、機械の配置があまりにまぎらわしい。
おかげで、釜山に来て初めて買ったものが「宝クジ」という有様になった。
「ハラボジ、さっそく釜山でお金をたくさん使いましたよ」
そう言うと、ハラボジは「当たったら私にも分け前をくれよ」と言って満足そうに大笑いした。
ようやく切符を買い終わると、ハラボジはもう別の観光客の背後に忍び寄って、何かあればサッと駆けつける態勢を整えていた。

「あなどれないね」
そう思った。
こういう親切でありお節介な人が、ソウルや釜山にとても多い。
かくして、観光客は韓国の人たちの情にたっぷり触れるのである。

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ペ・ヨンジュン デビュー25周年の肖像

2019’08.02・Fri

ペ・ヨンジュン!デビュー25周年の肖像

ペ・ヨンジュンが俳優としてデビューしてから25年になった。
2007年の『太王四神記』を最後に彼の主演作はない。
ファンとしては寂しいが、改めて俳優ペ・ヨンジュンの25年間を振り返ってみよう。

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時代が求めた新進スター

ペ・ヨンジュンがドラマ『愛の挨拶』で俳優デビューした1994年、日本で韓国ドラマに興味を持つ人はほとんどいなかった。
当時の日本は、トレンディ・ドラマの全盛期。
都会的なシャレた生活を楽しむ若い男女の恋愛群像が茶の間で大いに受けていた。
ただ、新しい価値観を持った若者が都会にあふれるようになったのはソウルも同じだった。
おシャレなスポットが多い江南(カンナム)地域には、享楽的に流行を楽しむ20代前半の若者たちが目立ったが、彼らは特に「X世代」と呼ばれた。
その頃、X世代は「既成世代の枠から抜け出し、自分なりの価値観を持った新しいタイプの新世代」と言われた。経済成長を背景に、韓国にも大衆文化を活性化させる新しい風が吹き始めていたのである。
ペ・ヨンジュンのように1972年前後に生まれた人たちは、その担い手だった。
そういう意味でも、ペ・ヨンジュンは時代が求めた新進スターであったと言える。
確かに、経験の不足から演技の未熟さを指摘されることはあった。
しかし、大いなる可能性を感じさせる素質がキラリと光っていた。
それを見逃さなかった制作プロデューサーによってペ・ヨンジュンは抜擢され、『海風』『若者のひなた』『パパ』と次々に主役をまかされた。

しかも、1作ごとに若手俳優として新境地を切り開き、厳しい視聴者からも好感をもって迎えられた。
そんな上昇気流が頂点にまで達したのが『初恋』だった。

必要な助走期間

今でも語り草になっているのが歴代最高視聴率の65・8%だ。
『初恋』は凄いドラマだった。
もちろん、ペ・ヨンジュンの力だけで驚異的な視聴率が達成されたわけではないが、主役となったドラマがそれほど高い評価を得たということは、彼が俳優の中で特別なオーラを「持っている」ことを如実に証明していた。
しかし、その後のペ・ヨンジュンは苦境に陥った。
『初恋』の撮影が終わったあとに休養に入っていた彼は、1997年7月18日に武術ジムでのトレーニング中に右足首を骨折し、全治3カ月の重傷を負った。
入院を余儀なくされて鬱屈した日々を過ごしたペ・ヨンジュン。
順風満帆だった彼の俳優人生に初めて訪れた挫折だと言えるだろう。
右足首の骨折が治って復帰したペ・ヨンジュンは、『裸足の青春』『愛の群像』に主演した。
韓国で視聴率がふるわなかったが、2つともペ・ヨンジュンにとって意味がある作品であった。
『愛の群像』の放送は韓国で1999年6月に終わり、ペ・ヨンジュンは俳優活動を休んで成均館(ソンギュングァン)大学で演技の専門的な勉学に励んだ。
デビューしてから5年が経っていた。
さらなる高みを究めるために必要な助走期間であったとも言える。

しかし、その助走が長くなりすぎる前に彼は復帰して、2001年4月から放送が始まった『ホテリアー』に主演した。
このドラマは好評のうちに6月に放送が終わったが、その後のペ・ヨンジュンはアメリカで自由な空気を満喫し、それからいよいよ『冬のソナタ』の主演を決めて撮影に備えた。

空白期が続いている

ペ・ヨンジュンの俳優人生の中で最も活力に満ちた時期に『冬のソナタ』の撮影は集中的に進められ、放送は2002年3月に終わった。
彼も相当な手応えを感じたのだろう。
テレビドラマの主演に区切りをつけ、念願だった映画の世界に進出した。
その第1作となった『スキャンダル』を撮影中に、日本でもNHK・BSで『冬のソナタ』が放送されて、まだペ・ヨンジュンの存在をまったく知らなかった日本の女性視聴者が彼の虜(とりこ)になった。
素敵な別世界に連れていってくれる人……。
この一言でペ・ヨンジュンの魅力は語り尽くされる。
今の世の中、たった1人であこがれの別世界に導いてくれる人は本当に稀だ。
結局、ペ・ヨンジュンの俳優キャリアを区分してみると、『初恋』までの躍動期、『ホテリアー』までの研鑽期、『冬のソナタ』の絶頂期、『太王四神記』までの成熟期に分けることができる。
どの時期にもペ・ヨンジュンは俳優として苦悶しながらも最善を尽くしてきた。

今は、『太王四神記』以後の空白期が続いている。
2008年以降は『ドリームハイ』に少しだけ特別出演しただけだ。
この夏にペ・ヨンジュンは47歳になる。
韓国で彼ほど世界に知られた俳優は他にいなかったし、日本の韓国観をこれほど好転させた存在も過去になかった。
その功績は、どれほどの言葉を重ねても言い尽くせるものではない。
それだけに、ペ・ヨンジュンのデビュー25周年を迎えた今、彼が主演する新作の登場を心から待望する。

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韓国の俳優はなぜ大卒が多い

2019’07.29・Mon

パク・ボゴムやコン・ユなど韓国の俳優はなぜ大卒が多いのか

韓国の俳優の経歴を見ると、多くの人が大学の演劇・映像関連学科を卒業している。
ここが、日本の芸能界と大きく違う点だ。
なぜ、日本と韓国でこれほど違うのか。
その理由を考えてみよう。

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演劇関連学科の数が多い

パク・ボゴムは明知(ミョンジ)大学の映画音楽学科に進み、忙しい芸能活動と並行して学業に励み、見事に卒業している。
コン・ユの場合も、名門の慶熙(キョンヒ)大学の演劇映画学科を卒業し、さらに大学院も出ている。
彼らに代表されるように、韓国の俳優の多くが大卒だ。
なんといっても、韓国には著名な総合大学の多くに演技を学ぶための演劇・映像関連学科が存在している。
その数は40以上。
日本とは比べられないほど多い。
実際、韓国の俳優であれば大学で演技を専門的に学ぶことが、まるで必須条件であるかのようだ。
韓国芸能界に詳しい記者がこう解説している。
「確かに、韓国で俳優をめざす人たちの間では、大学の演劇学科に進む人が多いですね。もちろん、大学で専門的に演技の勉強をするために進学しています」

「もう一つ大きな理由があります。それは、芸能界の中での学閥システムが大いに関係しているのです」
その学閥システムとは?

演劇学科は難関

さらに説明が続く。
「個人でオーディションを受けて、ドラマや映画に出演できる人は本当に限られていて、多くの人が人気が出るまでに長い時間がかかります。その間、同じ大学の先輩が芸能界にいると、出演を推薦してくれたり、演技指導をしてくれたりと、いろいろ世話をしてくれるのです。長い時間がかかっても、韓国で俳優として生き残るには、学閥を利用しなくてはならないときがあるのです。それが現実だといえるでしょう」

いかにも人脈が大切な韓国らしい話だ。
ちなみに、韓国の大学の演劇関連学科は受験志望者が多くてかなり難関である。
大学で演劇を学ぶためには、他の学生以上に厳しい受験戦争を勝ち抜かなければならない。
苦労の末にようやく入学できたとしても、その先に待っている現実も厳しい。
俳優として生き残れるのはほんのわずか。
その一方で、有名大学出身であれば、一般企業への転職もそう難しくない。
そうした事情があって、自分の夢を卒業時にあきらめてしまう人もかなりいる。

けれど、辛抱強く俳優への道を進んだ人は、大学で基礎をしっかり学んでいるので実力がある。
韓国に演劇専門学科が多いというのは、芸能界にとっては本当に心強いかぎりなのだ。

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うさまま

Author:うさまま



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