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1996年 ペ・ヨンジュン

2011’03.24・Thu

カナダ・オーストラリアCM撮影1996年
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カナダ,オーストラリア CF 撮影記
<揺れる飛行機に気を揉み、撮影中転んで鼻柱が切れて>

「それでもオーストラリアで食べた炭火焼カルビと、テキーラのピリッと刺す味はキマッキドンゴリョ.(すごかったよ。)」

☆天候の変化が激しいカナダ、天気で常に「待機中」
7月2日。再びパッキングして【確かこの年彼はメキシコ、イギリス他何度も撮影旅行をしています。】金浦空港に向かった僕は他の旅行とは違って足どりが重かった。
理由はカナダに行くのに飛行機をなんと3回も乗り換えなければならなかったからだ。
撮影地に決めたカナダがちょうど旅行シーズンのため、チケットをとれなかった撮影チームはしかたなく成田とデトロイトを経由してモントリオールに行くしかなかった。
おかげで以前行ったことがなかった成田空港とデトロイト空港を見物できたんだけど。

朝9時35分、飛行機に乗って出発したが、モントリオールに到着したら5時だった。
今回は羅山実業のメイポール秋冬衣装を同時に撮らなければならなかったので日程がとても詰まっていた。
到着するや否やLe Cantlie Suites Hotelに向かい、夕食をとってすぐ撮影に入った。
カナダは英語圏とフランス語圏に分かれていたんだけど、ウリチームが行ったところはフランス語圏にあるオールドモントリオール。
そのため看板も、食堂のメニュー板も皆仏語で表記されていた。

カナダの気候はウリナラの晩夏にあたるくらいの気候になっていたんだけど、特異なことは気候の変化が特に激しいということだ。
どのくらい激しいかというと、日がカンカンに照っていて撮影をしていれば、急にソナギ(夕立)が来て撤収しようかと思っていると、急にまた日が射して、天気がいつ変わるとも知れず、いつも撮影待機をしなければいけないほどだった。
僕たちは4日まではオールドモントリオール通りと公園の近くで撮影して、5日にはケベックに移ったが、ケベックもパリ風の建物のようすが仏語圏ということを確実に感じさせてくれる都市だった。

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☆なんと~異常気流の上空で1時間の漂流
8日までで撮影を終えた僕たちは次の撮影地であるオーストラリアに行く前に、そこが冬の気候だというので冬の服を詰めるのを兼ねて、またモントリオールからデトロイトへ、そして成田から韓国へと向かう日程を組んだ。

クロンデー!!(ところが!!) デトロイトから成田に行く途中、シmニョンガmス(十年減寿。10年も命が縮まるような思い)といえることが起こった。
異常気流で飛行機が上空で1時間以上ひどい揺れを起こして、ずっと空中にいたこと。
揺れはひどいは、恐くて不安だはで「こんなでは映画の中で見たようなことが僕に起こるんじゃないか?」と不吉なことばかりずっと考えていた。
異常気流でこれ以上行かれないからデトロイトに引き返さなきゃならないという機内放送が流れたとき、それだけでも安心した。

デトロイト空港に到着すると一緒に乗っていた外国人たちは生き返ったと拍手してお互いに抱き合って大騒ぎしていた。
それもそのはず、搭乗ゲートから降りる時に飛行機を見たら、飛行機の前部分が全部飛んでいるではないか! なんと、頭部がない状態で空を飛んでいたなんて…今思っても本当にめまいがする。

クロンデー(ところが)、オッチン デ トッチン(倒れたところに覆いかぶさる。
泣きっ面にハチ)とはこのことで成田に行くと韓国行き飛行機がないではないか。
しかたなく、航空会社紹介のホテルに一晩泊まり【JOON日本初上陸か?】、9日朝9時35分の飛行機に乗った。
11時30分金浦空港に到着したら、緊張が緩んで全身に眠気が襲って来始めた。
しかし、すぐ8時の飛行機でオーストラリアに行かなければいけないので、僕は眠い眼をこすって家に帰り、服を着替えて、厚ぼったい冬服を詰めてまた金浦に向かった。

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☆サンコッピ(二筋鼻血)が噴き出ても撮影はクンネヤジ!(終わらせなきゃ!)
豪州はウリナラと時差が似ているが、10日に到着したらウリナラの時間とぴったり1時間の時差だった。
豪州では日程がさらにきちきちで、強行軍をするしかなかった。
朝7時半に到着して12時まで休み、1時から撮影を始めてまた食事し、撮影して、朝6時に起きて撮影して、少しの間食事してまた撮影して…だから、ショッピングどころかトイレに行っている暇もないくらいだった。

それでもカナダではあちこちに行って、ご当地特有の料理などを食べる機会もあったけど、豪州ではメーキャップ車と食堂車が別に待機していて、ずっと食堂車で作ってくれる韓国料理だけを食べた。
撮影はオペラハウスとシドニー近郊の公園でしたんだけど、撮影最終日にもうひとつの事件があった。

公園の丘から大きな木のほうへ駆け下りてくるシーンを撮っている途中、うっかり地面に突き出ていた切り株につっかかって転んだこと。
倒れようとして、そのまま倒れられずに、よりによって前を走っていた男性モデルの足のかかとに鼻をぶつけ、僕は二筋鼻血が噴き出たまま、地面にくず折れた。
その時撮影シーンが2,3個残っていたので、どうしても撮影を終わらせなければならないと思い、鼻血をぬぐっただけで撮影を続けた。
カナダでは気を揉んで空に浮かんでいる事件が発生したと思えば、豪州ではサンコッピ(二筋鼻血)を噴出す事件が起こり…本当についてない7月みたいだ。

今回の撮影で記憶に残るのはカナダの現地モデルであるデニス(25)という男モデルだけど、彼は何よりも他人によく気配りすることを知っている点がマウメドゥヌン(気に入る)チングだった。
自分の撮影分が終わっても残って撮影場周りの片付けもしてくれ、僕の撮影が終わるまで待っていてくれたりした。デニスはうっとうしい天気も嫌がらずに、スタッフたちを感動させたりしていた。

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☆話に聞く「テキーラ」も飲み、カジノへ行ってお金ももうけ!
カナダで撮影を終えてからは、デニスが打ち上げパーティーをしようと案内したビリヤード場へ行った。
地下にあるビリヤードはウリナラと違って、ダンスもでき、お酒も飲めて、ピザも食べれるという場所だったんで、僕はそこで初めてあの強いという「テキーラ」を飲んでみた。
その酒はコップに入った酒に火を点けてそのまま注ぐと酒と炎が一緒に零れ落ちるほどに強い酒だ。
クレド(それでも)、酒に関する限りどこへ行っても負けないと自負していたがその酒をグラスに5,6杯飲んだらアルッタルッタレッタ.(グデングデンになった?)
デニスがずっと酒を勧めるので、ずっと飲んだんだけど、その後はどうやって宿まで帰ってきたのかFade Out!

豪州の最後の晩はカジノへ行って、「ルーレットゲーム」というのをやった。
このゲームは36の枠に区切られた36までの数字にお金を賭け、その数字が出れば、金をとれるものだったんだけど、僕は「20」に金を賭けて、一気に金をもうけた。
だけど100ドルを超えてかけてはだめというディーラーのことばで20ドルだけかけて、20ドルしかもらえず、アンタッカウォッチマン(もどかしかったが、切なかったが。)

とにかく今回の外国行きはよくないことも多かったけど、よい人々にも会い、新しいことも経験した楽しい外国旅行だった。


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