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1997年 ペ・ヨンジュン

2011’11.18・Fri

我が友 クォン・オジュン
내친구 권오중

日刊スポーツ 1997. 8. 20 ~ 9. 20
↓クリックして大きくして読めます。
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入試初年度 僕は檀国(タングク)大建築工学課を志願した。
だが3年を楽しく過ごした代価として落第、一時ビンデトック(韓国風お好み焼き)売りをしながら江原道一帯をくまなくかけずり回りもした。

1、2ヶ月そのように彷徨の時間を過ごした後 僕は平沢(ピョンテク)とオサンの中間ぐらいに位置したジンウェ寺という寺に勉強のために入山した。
中学校の時勉強した調子を生かして一生懸命勉強した。
ちょうど司法試験の準備をする先輩がいてそのヒョンにもとても助けてもらってその影響でその年は某大学法学科を志願した。
しかしまた落第。

勉強は僕の道でないという結論を下した。
違う道を模索しなければならなかった。
幼いころから聞いていた'俳優一度してみなさい'という言葉がその時はじめて宿命のように届いた。

勉強をあきらめて芸能界進出を決意した時 お母さんは引き止めたけどお父さんは"おまえの人生だ。
おまえが責任を持て"という言葉で僕の決定を支持してくれた。

まず思いついたのは映画だった。
一応映画の現場がどんな世界なのか知る必要があると思った。

経験のために合同映画社に就職した。
以後企画室、演出部、製作部の仕事を全部してみた。
当時撮った映画がソン・チャンミン、シム・ヘジン氏主演の<愛したい女、結婚したい女>だった。

しかし僕の究極の目標は俳優であり俳優になろうとするならばこうしていてはいけないという気がした。
合同映画社を辞めてしばらくマネジメント会社のY企画でエージェンシー活動をして まもなくそこも辞めた。

劇団に入ろうか何をしようか迷っていた当時 映画社時代知っていた人達が江南区新寺洞シネハウス8階に演技学院を開くという話を聞いた。

そんな縁のおかげで他の人々が百万ウォンを越える金を出して通った学院に無料で通うことができた。
当時僕以外に'無料院生'がもう1人居たのだが それがまさにMBCTV週末劇<イエスタディ>に漫画家役で出演中のクォン・オジュンだった。

3817_l.jpg*クォン・オジュン

いくらも経たずに学院は門を閉めた。
しかし練習室は相変らず空いていて僕とオジュンは弁当を持って2ヶ月近く練習室に出勤した。
カンフーの高段者であるオジュンとともに武術訓練もしてお互いの即興演技を評したりもした。

たまにビデオを持って僕たちの演技姿を撮ってみて比較もしてみた。
そんな縁でオジュンとは今でも気兼ねしない友達の仲として過ごしている。

当時僕の座右の銘は'コンビニのような人になろう'だった。
監督が望むことをいつでも出せるように準備しようと努力した時期だった。

我が友クォン・オジュンについて話してみよう。

端的に僕が唯一会えば気兼ねなく悪口を言うことができる友だ。
互いに絶えずケンカをふっかけて怒らせてそして痛快に笑うことができるそんな間柄。

夜明けに撮影が終わったら僕はいつもオジュンの家に電話をかける。
信号音が15回を越すほど浮き浮きする。
とらずにがんばろうとどれくらい必死で我慢するだろうか。
そうだ一度頑張ってみろ。
僕にも残っているのが時間だ。


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結局ぐっすり寝込んだ声が聞こえたら"寝てたのか?寝てたんだね。
僕撮影終わったんだ。ああ、それじゃ寝ろ。"
こんなふうに朝寝を邪魔するのはオジュンも同じだ。

オジュンのアキレス腱は自動車だ。
まだエラントラを乗り回しているのだが条件さえ合えば変えようと安く出てきた車の物色に血眼になっている。

"オジュン、ソナタを910万ウォンで買えるんだけど"
"それ本当か?"
"そうだ、ところがちょっとした条件があったよ"
"どんな条件?"
"うん、そのままタクシーとして買わないといけないんだ"

男間の友情も心を温めることができるという事実を僕はオジュンを通じて気づいた。

僕が見る時オジュンは万能だ。
カンフーをはじめとする運動にも天才、踊りでも物知り、何より面白くないのは文才だ。

特にそのぎょろぎょろしている目を静かに閉じて、その分厚い唇で例の即興詩を詠じようものなら背筋に鳥肌がたつのを感じる。

ここで話す鳥肌はその正体が複雑なんだが まず'似合わない'という感じと決定的に身震いする程なめらかで美しい内容のためだ。
オジュンの文才は定評があってペ・チャンホ監督の映画<若い男>のシナリオ作業にも参加したほどだ。

偶然にもオジュンと僕のブラウン管デビュー作は<愛の挨拶>だった。

<愛の挨拶>。
本当に感慨深い作品だ。
当時僕は演技者としての資質を備えようという目標で あれこれ区別なく学ぶ時だった。
<愛の挨拶>オーディション公示を見た時まだ準備できていないと感じながらも'ひとまずぶつかってみよう'という覚悟ができた。

オーディションの日 僕は乗り回していたエラントラをKBSの前の路上駐車場に停めておいて震える胸を抱いてオーディション場を訪ねた。
以後8時間オーディションに臨まなければならなかった。
チョン・ギサンPDがその場で'OK'とおっしゃった時 僕が合格したという事実がとても現実とかけ離れたことのようでむしろ淡々としていた。

僕が最後の合格者だった。
チョン・ギサンPDは'今夜団結大会をするから江原道(カンウォンド)トンネにある丸太屋へ集結しなさい'といって略図を下さった。
ぼうっとした状態で車を取りに行ったところ駐車料金が2万8千ウォンだった。
家へ帰る途中車の中で歓声をあげまくった。

お金も稼げなくて徹夜するのが常だった僕をお母さんはいつも不憫に思っていた。
家に帰って最初の言葉が"お母さん 僕ドラマに出ます" "本当によかったねぇ" "僕主人公です" お母さんも歓声を上げた。
簡単な服何着か準備してその足でトンネに向かって走った。

浪人した頃ビンデトック(韓国風お好み焼き)を売りながら江原道(カンウォンド)を隅々まで調べた前歴があるので問題の丸太家を探すのに時間がかからなかった。
あまりにも早く着いたのかチョンPDがびっくりされた。
到着した時はすでに酒席が繰り広げられていて息もつく前に僕にきた歌の注文。

僕の歌が終わるやいなや皆笑った。
<釜山港に帰れ>は二十二才が歌うには不自然な歌だったようだ。

-BYJ's History-


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***クォン・オジュン***



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