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2005年 ペ・ヨンジュン

2014’03.02・Sun

2005年9月号 韓国SCREEN 1
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ここからも日本の雑誌で一部読むことが出来ます↓
** コリア・ムービー vol.8 **



記事は↓クリックで大きくして読めます。
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ペ・ヨンジュン、ソン・イェジンとスタッフら長々4時間の撮影

三十人を越える大部隊を率いて進行したペ・ヨンジュンとソン・イェジンのカバー撮影は規模面で今まで一度も経験することが出来なかったブロックバスター級だった。
1人1人その熱情の勢いがどんなに激しかったか。
俳優とヘアー、メーキャップ担当者、スタイリスト、映画会社職員、記者までワンカット撮るごとにどやどや~走って行ってフォトグラファー チョン・ウィソク室長のカメラ ビューポイントの前に集まった。
カットを確認した後またどやどや~散った彼らは各自俳優の頭をなでつけて、化粧を直して、身なりを整えるのに無我夢中だった。
熱い熱気に力づけられてシャッターの音が早くなるほど、室長は汗だくになったまま苦しい息をしていた。
写真の中に皆らの情熱が感じられることを!つらい撮影に情熱的に参加したすべての方々に大きな声で叫びたい。
'本当にお疲れさまでした!
'ペ・ヨンジュン、ソン・イェジンについて一言お願いするという要請に応じて下さった方々にも心より感謝申し上げる。

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四月の雪April Snow
監督:ホ・ジノ
出演:ペ・ヨンジュン、ソン・イェジン
上映時間:105分
等級:18才
公開日:9月8日

コンサート照明監督インス(ペ・ヨンジュン)と家庭主婦というにはまだ若くて美しいソヨン(ソン・イェジン)。
彼らは三陟(サムチョク)のある病院で会う。
インスの妻とソヨンの夫は互いの配偶者に知れず密会を楽しんでいて、今は交通事故に遭って同じ集中治療室のベットに横たわっている。
ソヨンとインスは各自の夫と妻が目覚めるように願うけれども、彼らの内面に疑惑と怒りの心情もまた存在することを否定することはできない。
妙な'悪縁'で出会ったソヨンとインス。
彼らの新しい愛、いやもう一つの不倫(?)はそのように始まる。

<四月の雪>は'不倫'という通俗的単語で表現できる関係を'愛'の感じで見せようとする。
結果的にソヨンとインスの関係は奇妙なスワッピングであり、もう少し新派的に言えば'成り立たない愛'だ。
その関係のアイロニーの中で、監督は二人の揺れる心と深くなる感情を素描する。
<四月の雪>が他のラブストーリーと違う点は、ロマンスのある決定的契機のようなものがないということ。
ソヨンとインスは半紙(画仙紙)に墨が徐々に染みこむように愛して、ある瞬間彼らはベットを共にして互いに好きだと言う。

<四月の雪>で最も気になる点はホ・ジノ監督のスタイルに起きたある変化。
前作が'観照するメロー'だとしたら、今回はもう少しキャラクターの内面と観客の感性に割り込むメローになるためのスタイルを見せるという。
'ヨン様'ペ・ヨンジュンと'涙の女王'ソン・イェジンが会って醸し出す'メローシナジー効果'もう一つの<四月の雪>のポイント。
ペ・ヨンジュンにとって映画デビュー作<スキャンダル>が小さな破格だったなら今回は自分の専攻に戻って、ソン・イェジンは<私の頭の中の消しゴム>以後一層深まった感じだ。
韓国、台湾同時封切り、日本ではその翌週に封切られる。

TRIVIA
ソヨンの夫ギョンホ役はリュ・スンス、インスの妻スジン役は(9年ぶりに映画に出演する)イム・サンヒョが引き受けた。
ペ・ヨンジュンと<冬のソナタ>の時の縁で友情出演することになったリュ・スンスは映画の間ずっと包帯を巻いてベッドに横たわっている。
台詞もない。

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UNFAITHFUL LOVE(不貞な愛)

ペ・ヨンジュン&ソン・イェジン

残酷な交通事故の知らせ、慌てたそぶりがありありと見える二人の男女が病院の手術室前の椅子に座っている。
落ち着かなくて見慣れない空間。
そこで彼らは各自愛の終わりを経験していた。
自分の妻と夫が不倫関係だったことを知ることになったインスとソヨンは衝撃と苦痛のため心が歪む。
心の傷を共有した二人の引かれあい。
死と愛を覚えている彼らが果たしてお互いを愛することができるのだろうか?
深い悲しみの海を渡ったペ・ヨンジュンとソン・イェジンがお互いの写真を撮って、傷が残した端緒を記録した。

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ペ・ヨンジュンに初めて会ったのは11年前。
1994年、記者の友達はTVドラマ<愛の挨拶>でデビューした22才の若い俳優にすっぽり嵌っていた。
ある日彼女と行ったテーマパークで私たちはCFを撮っていた彼に会うという驚くべき幸運を得た。
当時彼を見知る人が殆どいなかったので私たちは彼に簡単にサインを頼むことができた。
その時むしろ彼は私たちの反応に驚いた。
"僕をご存知ですか?"と尋ねる彼に私たちは"勿論知っています。"と答えて、彼は本当に喜んだ。
そしてサインと一緒にドラマの題名、自分の配役の名前の'キム・ヨンミン'を書いてくれた。
それは後でサインだけ見て思い出せないかと思ってわざわざ書いておいたのだった。

その時のペ・ヨンジュンはそうだった。
一人のファンが憶えてくれているることがただ珍しくて有難い時代。
11年が過ぎて彼はアジアの大スターに成長した。
隔世の感というのは、このような時使う言葉だろうか。

<スキャンダル-朝鮮男女相悦之事>封切りの頃アジアでペ・ヨンジュンの人気は天を突いた(勢いが激しかった)。
一度は日本人取材陣が記者を訪ねてきてペ・ヨンジュンに会った感想を取材して行ったが、その時記者を驚かせた質問があった。
"ペ・ヨンジュンに会って人生の変化があったのか?"
その意味を理解できない記者は何も答えられなかった。
皆知っているように熱情的で親切な俳優に会っただけなのに、人生の変化だって? 
その質問は記者にとってあまりにも大げさなことだった。

明らかなのは日本という国がペ・ヨンジュンによって多くの変化を経験したという点だ。
彼が記憶に残るファンたちについて話す時、彼を通じて変化を感じたファンが相当いることが分かった。
"あるおばあさんが 'あなたに会ったからもう少し長生きできる。
もう望みを果たした'とおっしゃったことがあります。
そして今まで生きるのが大変で憂鬱だったのに、僕を知って全てが意欲的に変わったとおっしゃった方もおられて。
そんなファンが僕に明るい笑みをくれる時一番うれしいです。

"やはりペ・ヨンジュンの甘い感受性は無表情だった人々に明るい微笑をプレゼントしたようだ。
おかげで日本で韓国の男性は世の中でこの上なくロマンチストだと知られるようになって、在日同胞が体感する社会的変化もものすごかった。
"僑胞(海外在住韓国人)の方々が僕に泣きながら有難いと言って下さます。
日本社会で僑胞が体験する苦痛が多かったじゃないですか。
今は韓国人を見たら韓国語を習いたいと言って親しく接するとおっしゃいますね。
"この2年間、彼が成し遂げたことは途方もないことだ。

今でも彼の人気は鎮まることはない。
これによって彼の体積感もぐんと大きくなった。
2年前でもスタジオに4~5人のスタッフと一緒に来た彼は、今回は20人にのぼる大部隊を連れて登場した。
マネジャーを中心に全スタッフが行儀正しく丁重な行動を見せて、この全てはペ・ヨンジュンのイメージを代弁していた。
これを見た記者は、徹底した管理というのはこういうものだなと思った。
多少威圧感を与えるほどの雰囲気だったが、気軽に大きくて温かい手を差し出して握手を求める彼に成功した人達が漂わす変化の気配を探すのは難しかった。
現場を訪ねたファンたちに言葉をかけることができないのが気にかかって、ファンミーティングでいちいち手を握って抱擁しようと脂汗をかいて、<四月の雪>最後の撮影日スタッフに直接書いたハガキとプレゼントを一つずつ伝達した彼は、一人のファンでも有り難く思った新人時代の姿を保っていた。

世の中に捨てられた子供の感じ
こんなになってみると韓国のイメージを担ったように彼の肩が重くなったのも事実だ。
"僕が本当にうまくやらなければならないんだな、そんな気がします。
僕ができる役割に限って最大限努力しなければならないですね。
"その努力というのはまさに良い演技、良い映画人であるのは当然のこと。
この時点で彼が<四月の雪>を選択したのもそんな意味の挑戦だった。
インスというキャラクターは既存のイメージと大きく違わないけれど、ホ・ジノ監督との作業という点で新しい試みだった。
"監督と僕はスタイルが完全に違います。
僕は翌日撮るシーンについて数十種類を考えて現場に出ます。
ところが監督は現場であらゆる事を決められます。
初めはたくさんぶつかって大変だったんですよ。"

ホ・ジノ監督との作業は甘くなかったようだ。
クランクインした日、インスが妻の事故の知らせを聞いて三陟医療院の手術室に向かって走る場面を撮った。
この日夜中まで彼は実際の画面に出もしないのに1階から3階まで走ってまた走った。
"急いで来るのだから息切れしなければならないと心を決めていたのですが、監督が1階から走ってくるのはどうかというんですね。
僕はもともとそんなのが好きですね。
だから一生懸命走りましたよ。"

一度は最高30テークまでいったこともある。
それは病院から後輩に電話をかけて'当分ソウルに行けないと思うから君が担当して処理してくれ'というシーンだった。
"そんなに難しい場面ではなかったのに…。
いまだによく分かりません。
何がそんなに難しかったのか。
あれこれみな試してみて30回目にやっと見つけ出しんですよ。
"彼にとって肉体的な苦痛は何でもなかった。
ホ・ジノ監督の要求のように準備せずにカメラの前に立った時、彼が感じた心理的苦痛は怖れそのものだった。
"<四月の雪>を撮る時は何の計算もせず完全に僕を空にしておかなければなりませんでした。

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ある瞬間、カメラの前に捨てられた子供のように何ひとつ掴む物がないんですよ。
まったく頼るところも一つもありません。
そんな感情を感じたことが多かったんですよ。
"それでも彼は<スキャンダル>の時も今も'自分がするのが難しいこと、死ぬほど努力して得ることができることに挑戦すること'を好む自分の性格を強調した。
そして男らしい表情でこのように話す。
"今でなければ僕はいつそういうことを経験しますか?"

愛ですか?そうですね…
苦痛の末に得た成果は甘いと言うが<四月の雪>は彼にとって特別な作品になった。
特にクランクアップした日、彼の胸の中のわだかまりが出始めた。
この日現場で彼は撮影が終わったと喜ぶスタッフに"変な気持ちだ。
本当に終わったの?"という言葉を繰り返した。
"撮影は終わったのにこれから始まるようでした。
やっとのことでインスになったようなのに、もう少しわかるようなのに、映画が終わったんです!
心が本当に何となく寂しかったんですよ。"
4ヶ月の間インスにすっかりなりきっていた彼はしばらく抜け出すのに苦労した。
作品一つを終えるごとに行った旅行にも行くことができなくて、ずっと仕事だけした。

それもそのはず<四月の雪>は解くのが難しい質問を投げかけた映画だった。
"インスとソヨンが互いに愛したのでしょうか?"という質問を投げかけた時彼はむしろ記者に問い返した。
"各自の配偶者が浮気をした関係の上に事故で重傷を負ったのに、ソヨンとインスの関係がまともですか?
どう思いますか?"彼らはお互いを同情しながらも憎んでいたかもしれない。
その上その愛が同情心だったとしたらどうするでしょう?
"僕もやはりそのように悩みました。
愛には定義がないのだから。
ある行動に対してこれが正解だと決めつけるのは利己的じゃないですか。"

しばらく悩んだ彼はまもなく自分が感じたインスの感情を打ち明けた。
"率直に僕は映画を撮りながら愛を感じることができませんでした。
本来シナリオ上でインスは愛を感じなければなりませんでした。
でも僕は共感できません。
僕はどうしてもできません。
僕が愛して信じた妻が交通事故に遭ったのだが分かってみたら浮気をしたのですよ。
その傷が癒える前にどうして他の人が目に映りますか?"
ホ・ジノ監督はやはり凶悪(?)だった。
現場の感じを重要視したのは、俳優のそんな感情まで全て映画の中に溶かし出すことができるからだ。
インスはそのようにペ・ヨンジュン自身が融合したもう一人の人物として映画の中で生きて呼吸をすることができた。
映画は終わったけれど、インスはずっと生きていくのだから、寂しさが並はずれているに違いない。

細心なヨンジュン氏、果てしないむち打ち
以前と全く同じ場所で写真を撮ってインタビューを進行したので、彼はとても簡単にその時の状況を思い出した。
"ウワー、もう2年になるんですね。
もちろん憶えています。
僕がこの席で記者さんを撮った写真もありますよ。
その時緊張した表情で写った写真、それ家にあります。
"これ どんなネズミの穴にも隠れたいシチュエーション?
いきなり記者の顔にカメラを突きつける彼の行動に慌てた記者はまるで舞台の上に上がった音痴のように凍りついた表情を浮かべた過去の記憶を蘇らせた。

ふとそんな細心さも完ぺきな自分を作るための努力の結果なのかもしれないという気がした。
遠くから見るにはやさしくて美しいけれど、近付けば鋭いオブジェ。
鋼鉄で鋭く彫刻したバラのように彼は美しくて強い人だ。
どんな苦痛も厭わずに望むことを完ぺきにやり遂げるために努力する俳優。
周りの人々もやはり果てしなく自身に鞭打つ姿に舌を巻いた。
その熱情的な力の源泉は皮肉にもまだ2パーセント満たすことが出来ない物足りなさだった。

"僕はまだまだです。
初めて演技を始めた時は何も考えなかったんですよ。
目の前にあることだけ見えて、無条件にそれをやり遂げるために最善を尽くしたから。
そうするうちにある瞬間ある作品を終えたのですが、演技というのはこのようにすれば良いんだなという感じがしました。
そんな気持ちで次の作品をしたら今度は内面に空白が積まれたような気がします。
そのように新しい作品を始めたのですが、これがどうしたのかまた初めてなんです!
初めてという感じはどうしてかますます深まります。
もっと苦労して。
変わってるでしょう?"
彼の話を聞きながら記者は心の中で考えた。
止まる事ができないその熱情がもっと変わっていると。
限りなく自分を削って整える彼に会った後記者は一生懸命生きなければならないなといつのまにか思っていた。
そうだとしたらもう日本取材陣が尋ねた質問に答えることができるようだ。
もう少し一生懸命生きることに決心したと。
ペ・ヨンジュンには人々を変化させる神秘な力があるのか。
当分の間多くの人々が彼の魔法にかかって幸せな微笑を浮かべるようだ。


ソン・イェジンが語るペ・ヨンジュン
"彼に初めて会ったのは2~3年前あるCF撮影会場で、作品としては今回が初めてだ。
その時も今も意志が強いかただ。
私はテークをたくさん重ねることができないほうだ。
すればするほどうまくいかなくて自信もなくなって。
ところが先輩は表現しなければならない感情があるとしたらどのようにしても作ろうとする。
そんなことを見ながら私はあのようにできないようだという気がした。"

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He is …

ホン・ウンギョン スタイリスト
1998年ドラマ<裸足の青春>を撮影した時のことだ。
夜通し撮影をして田舎道を走っていたが皆疲れて正体もなく眠りこけていた。
その時突然オッパーが車を止めろというのだ。
あるおばあさんが道沿いを歩いているのを見つけて、市内の銀行に行くおばあさんをバンに乗せて連れていって差し上げた。
皆疲れているので誰も見ることができないことを兄さんはそのまま通り過ぎなかった。
それを見て本当にいい人だということもう一度感じた。
いつもスタッフにも誕生日や慶弔事をどんなによく準備してくれるか分からない。
一度は私でさえ忘れていた誕生日を準備してくれたが、路上で会って私がいつも欲しがっていたカバンをくれたこともある。
家に帰ってわけもなく涙を拭いたのを思い出す。
今まで10年間一緒に仕事をしたのはみんな理由がある。

キム・スンウ
初めは思ったより気さくで男らしいという印象を受けた。
会う前にはいつも格好良く着飾って格好いい話だけするのだろうと思ったが、普段毛の帽子にトレーニングウェアを着て歩き回りながらつまらない冗談も度々言う姿が良かった。
彼と親しくなったのは、不思議にも互いに酒を楽しむ方でもないのに時折二人だけで酒杯を傾けながらであった。
二人だけの話をしてみたら相手に対して深く知ることになるから。
そのようにして僕が知ることになったペ・ヨンジュンはきっぱりと男だということだ。
男同士話す義理という単語も確かに理解するようだし。
昨年末ぐらいほとんど8~9ヶ月ぶりに直接家に訪ねてきたことがあった。
酒を一杯飲みたいと言いながら、しばしば連絡できなくて申し訳ないと言った。
知っているとおり昨年は'ヨン様の年'だったではないか?
互いに事情を分かる仲なのに心から申し訳ながる姿を見てなかなか良い奴だと思った。
個人的に僕はヨンジュンをヨンパリ'と呼ぶ。
僕は本当にニックネームをうまくつけるようだ。
ヨンパリ。義理のヨンパリ!ハハ。

リュ・スンス
彼は性格上完ぺきを追求する友だ。
いつも他人によく配慮する性格なので、時々そのために自分を酷使させる場合が多い。
写真集撮影のために体を作る時も本人は本当に大変だった。
一度は僕が一緒に食事をしようといったところ、ダイエットのために神経質な姿を見せるかもしれないので終るまで待ってくれと頼んだんだ。
ファンの期待に失望を与えないために節制と努力を惜しまない彼を見ながらすごいと思った。
そのように期待に応じようとする熱情が大きいだけ、さらに孤独が多い友であるのも事実だ。
弱い姿を見せることができないから。
一日もただ休む日がなくて。
僕は時々'お前のように生きようとしたら生きられないようだ'と冗談のように言う。

イ・ジェヨン監督
初めは彼についてよく知らなかった。
ただ広告のように明るく笑うジェントルでハンサムな男程度だと思った。
<スキャンダル>も彼と一緒にするとは思わなかったが、極秘裏に夜にこっそり会って時代劇扮装をしたところ本当によく似合った。
貴人らしさも出ながら強靭に見えたりもするのが。
その時確信した。
一緒に仕事をしながらも彼は僕を驚かせた。
10年間スターであった彼としては自尊心もあったはずだが、初めて映画をするという考えで学ぶという謙虚な姿勢が強かった。
冗談のように'新人俳優ペ・ヨンジュンです'という言葉をスタッフらの前でもためらいなく言ったし。
自分がうまくやり遂げなければならないという義務感が強かったようだ。
<スキャンダル>時の彼は'自分を低めることであらゆる事を得た俳優'であったようだ。

キム・ヘスク
<冬のソナタ>を撮った時、撮影の合間合間に彼が演じる姿を見た。
その時も彼が本当に積極的で誠実な人だと思った。
一度は悲しく泣く場面を撮っていたが監督もOKしてそばで見ていた俳優らも感心するほどだった。
それでも自分は気に入らないのか満足するまでその大変な場面をまた撮ってまた撮っていたの。
撮影場にもいつも早く来て監督の期待に合わせるために徹底的に準備する人だった。
その時だけでもマネジャーも多くなくて今のように管理するチームもなかったがいつも乱れた姿を見たことがなかった。
今はとても大きなスターになって変わったと言う人々もいるが、私が見るには誠実で礼儀正しい姿はそのままのようだ。

キム・ヒジュ衣装チーム長
彼と一緒に作業をしたのは<スキャンダル>以後二回目だった 。
本来史劇の服がより難しいと思うけれど今回の<春の雪>をする時はそれよりもっと大変だった。
ふだん着の微細な部分で難しいのが生気だった。
衣装コンセプトがうまく合わなかった時、彼が愚痴で"また時代劇しようか"と言っていたのを思い出す。
事実普段彼は意外にもカラフルに着て通うほうだ。
真っ黄色の衣装もうまく消化した。
スポーティーでファッショナブルに着こなして現場に来て映画の衣装に着替えたら人々がTVで見たペ・ヨンジュンの姿に変わった。
そのような変化を見るごとに興味深かった。

ユン・ソクホPD
ペ・ヨンジュンに初めて会ったのは1994年<愛の挨拶>オーディションの時だった。
明るく笑う姿が貴人らしさが出ながらも非常に肯定的なイメージなので印象的だった。
彼と一緒に撮影しながらいくつかのエピソードがあったのだが、,その中の一つが<冬のソナタ>最終回でチェ・ジウと再会場面を撮った外島だった。
飛行機の出発時間は近づくのにずっと自分の演技が気に入らないと自らNGを出し続けたので結局搭乗時間に乗り遅れたことがある。

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It's better to burn out

生涯で一番特別な外出

ホ・ジノ監督と'ヨン様'の出会い。
<外出>はそれ自体だけでも話題を集めるのに十分な映画だ。
不倫そしてもう一つの愛を語る映画<外出>。
愛の定義を根こそぎ揺さぶってしまうこの映画はもしかしたら皆に特別な外出を経験させるかも知れない。
9月8日封切りを控えている<外出>の始めから最後まで長い外出の旅程を辿ってみる。

-BYJ's History-




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