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ペ・ヨンジュン 過去への旅路 15・16

2016’06.22・Wed

ペ・ヨンジュン 過去への旅路 15・16

第15回 初来日でブームを起こす

『冬のソナタ』でトップ俳優としての地位を不動にしたペ・ヨンジュン。
念願だった映画界に進出し、初めての主演映画『スキャンダル』に主演した。
風流な退廃貴族という、難しい役にあえて挑むところがペ・ヨンジュンの真骨頂だった。
慣れない時代劇で苦労も多かったが、彼は持っている力をすべて注ぎ込んで、与えられた役を見事にこなした。

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謙虚にすべてを得る俳優

映画『スキャンダル』は興行的に好成績となり、ペ・ヨンジュンの演技も高く評価された。

デビュー10年目に満を持して映画界に進出したペ・ヨンジュンは、主演第1作目を成功させて長年の夢を最高の形で叶えた。

イ・ジェヨン監督も心からペ・ヨンジュンを称賛した。

「ペ・ヨンジュン氏と一緒に仕事をしてみて、驚かされた面がかなりありましたね。10年間もスターの座にいるというのに、初めての映画に対してとても謙虚に取り組んでいたんです。スタッフに対しても、『新人俳優のペ・ヨンジュンです』と言っていました。自分が雰囲気を盛り上げようという義務感を持っていたのだと思います。彼はまさに『自分がへりくだることですべてを得る俳優』でしょう」

監督からここまで評価されたペ・ヨンジュン。
けれど、有頂天になるような人間ではなかった。

俳優としての確かな手応え

ペ・ヨンジュンは、映画専門週刊誌「シネ21」の2003年9月23日付けの誌面で、次のように心情を吐露している。

「映画俳優としては、まだヨチヨチ歩きをしている水準です。でも、撮影は映画のほうが余裕があります。テレビは即興的・感覚的で瞬発力を要する媒体ですが、映画はハンドメイドみたいなものですね。演技に対して今も自信はありませんが、以前やっていたような反復的な感情表現はしていないと思います。うまく演じているとは言えなくても、少しは発展しているようです」

「今回の映画では、私が知らなかった表情が出ていました。そんな表情が自分からは出てこないだろうと思っていたのに、自然と顔から出てきました。私の中にある属性を引っ張りだしてきたのでしょう。そんな作業の妙味を感じるようになりました。撮影が終了して惜しい気持ちです。楽しかったですからね。共に時間を過ごした人たちとまた一緒にやってみたい」

「この作品を終えれば俳優として明らかに何かを得るだろう、と思いました。そして、確かに得ました。けれど、何を得たのかと聞かれても、答えたくないですね。あえてそんなことを言いたくないんです」

こうした発言を聞いていると、『スキャンダル』によってペ・ヨンジュンが俳優として確かな手応えを得たことがよくわかる。

韓国のトップブランド

映画『スキャンダル』はペ・ヨンジュンに何をもたらしたのか。

それは、今まで自分でも出せなかった表現の多様性……あえて別の言葉でいえば、自分の中にこもっていた役者魂をカメラの前に引っ張り出すことができるようになったのだ。
それを彼は「属性」と語っていたが、この言葉は哲学的には「そのものの本質をなす固有の性質」という意味で使われる。
つまり、俳優ペ・ヨンジュンが自分の本質を演技の中に出し始めたということか。
それを彼は独特の言い回しで「少しは発展しているようです」と語っていた。

この変化を、韓国の言論界も見逃さなかった。
有力雑誌「月刊朝鮮」は、2004年1月号で「韓国のトップブランド」という大特集を組み、韓国が世界に誇るブランドを101だけ選抜して大々的に紹介したが、その中ではサムスン電子やヒュンダイ自動車という世界的企業と一緒にペ・ヨンジュンも選ばれていた。
男優では彼だけだった。

その記事の中でペ・ヨンジュンは、次のように紹介された。

「ペ・ヨンジュンにとって、2003年は意義深い年だった。テレビ界を去ってデビューした映画『スキャンダル』が興行的に成功したからである。さらに、『冬のソナタ』で得た人気は全アジア的に広がっており、2004年の彼のブランド力は50億ウォン以上の売り上げが期待されている」

当時の50億ウォンを日本円に換算すると約5億円である。
この数字は韓国の人たちを驚かせたが、現実には桁違いの経済効果を生む大スターになっていた。
それもすべて、『冬のソナタ』が日本で放送されて、ペ・ヨンジュンが爆発的な人気を背負うようになったからだ。

アジアのトップ俳優

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2004年4月、初めて来日したペ・ヨンジュンは、羽田空港で5000人以上のファンから熱狂的な歓迎を受けた。
本人も心底驚いただろうが、謙虚でファンを大事にする姿勢は日本でさらなる信頼と愛情を受けた。

「いつも誠実に生き、最善を尽くしたい」

慎み深くそう語るペ・ヨンジュンは、今までの俳優の概念を越えるスターだった。
彼の最高の魅力は、まさにその真摯な生き方であり、心の豊かさからほとばしる人間性であった。

こうして、アジアのトップ俳優に躍り出たペ・ヨンジュンは、俳優として自分のイメージが固定化されるのを避けるために、大きな冒険に挑んだ。
2004年夏、厳しい体力トレーニングと徹底した食事管理を続けて、一流のアスリートにも負けない逞しい肉体を作り上げた。
すべては写真集で新しいイメージをファンに見てもらうための試みだったが、何にでも果敢に挑戦する彼の姿勢にファンは喝采を惜しまなかった。

そんな日々の中で、ペ・ヨンジュンは『スキャンダル』に続く映画主演第2作目を慎重に選んでいた。

韓国の「イルガン・スポーツ」は、2004年9月15日付けの紙面で次のように報道している。

「ペ・ヨンジュンが『冬のソナタ』を演出したユン・ソクホ監督の映画出演依頼を断った事実が明らかになった。これで、ペ・ヨンジュンが、ホ・ジノ監督が準備している映画に出演することが事実上決まった。ペ・ヨンジュンはその間、『ホ・ジノ監督の次回作と、ある監督が準備している恋愛映画の中から1つを選びます」と言っていたが……。これと関連してユン・ソクホ監督は2004年9月13日、『何日か前に、ヨンジュン氏の側から、申し訳ないという話を受けていた』と語っている」

実際は、ペ・ヨンジュンも相当に悩んだことだろう。




第16回 『四月の雪』に主演

映画『8月のクリスマス』で評価が高いホ・ジノ監督の作品に出るか、恩人とも言えるユン・ソクホ監督の映画進出第1作目に出演するか。
できることなら両方に出たかっただろうが、からだが2つないだけにそれは不可能だった。
究極の選択の中で、ペ・ヨンジュンはホ・ジノ監督の作品を選んだ。

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俳優としての可能性を模索

ホ・ジノ監督の映画に出ることになったペ・ヨンジュン。
賢明な選択だったのではないか。

俳優としての可能性を模索するのであれば、演出スタイルをよく知るユン・ソクホ監督より、自分とはまったく違う感性を持つホ・ジノ監督の作品を選んだほうが得るものが大きいはずだった。

恩師の誘いに応えることはできなかったが、ユン・ソクホ監督も十分に、ペ・ヨンジュンの俳優としての決断を理解していたことだろう。

ペ・ヨンジュンは2004年11月2日、自身の公式ホームページを通して正式に発表している。

「作品がホ・ジノ監督の映画に決定しました。前からホ・ジノ監督とは、俳優として一緒に仕事をしたいと思っていました。監督が持つ、内面の感情を表現した感性的な演出と秀麗な映像美を信頼していたからです」

この言葉の中に、ペ・ヨンジュンの意欲がにじみ出ている。

ホ・ジノ監督が、自分がめざす内面的な表現をどう引き出してくれるのか。
そのことにペ・ヨンジュンは大きな期待を寄せていた。

みなぎる意欲

2004年4月の日本訪問以来、公の場に出てこなかったペ・ヨンジュンは、その年の11月に「朝鮮日報」のインタビューを受け、「これからは積極的にいろいろなことをやってみたい」と力強く宣言した。
ホ・ジノ監督と組んで新しい映画に出るにあたり、意欲がみなぎってきたのである。

そのインタビュー記事は、2004年11月19日付けの「朝鮮日報」に掲載されたが、ペ・ヨンジュンの発言の中に、日本のファンの間で微妙な議論が起こるようなものがあった。
それは、記者が「冬ソナ後の日本の反応を予想しましたか? なぜ、あのように日本人から好評を博したと思いますか」と尋ねられたときの答えだった。

「まったく予想していませんでした。このドラマは、韓国でも他のアジアの国でも人気がありました。特に、日本で凄い人気を受けましたが、このドラマを支持してくれた方々を取り巻く環境が寂しくて索漠としているからでは……。昔のことを追憶したかったのではないかと思います。事実、世の中はとても寂しいものではありませんか」

このとき、日本のファンのことを「寂しくて索漠としているからでは……」と言っているが、この部分にショックを受けた人がいたことも事実だ。

しかし、ペ・ヨンジュンは決して日本のファンだけを「寂しいから」と決めつけたわけではない。
それは、続いて発した言葉によっても明らかだ。

ファンとの連帯感

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記者からさらに「国際的なスターになって、とてつもない愛を受けているというのに、それでも寂しいのですか」と質問されて、ペ・ヨンジュンはこう答えている。

「たくさんの愛を受けていますが……(沈黙)。正直言って寂しいですね。あまりにたくさんのものを背負わなければならない気がします。その寂しさを楽しんだり消し去ってしまったりしたいけれど、なかなか難しいようです」

寂しさを隠さないペ・ヨンジュンは、日本のファンとの間に連帯感を強く持っていたのではないだろうか。
日本のファンの中に自分と同じ心情を見つけ、そうした共通点によって心の絆を築こうとしたのでは……。
ペ・ヨンジュンの発言からは、そういう気持ちがくみ取れる。

この時期、ペ・ヨンジュンは迫りくる重圧と必死に闘っていた。
その中で、ホ・ジノ監督との映画作りに踏み出そうとしていた。

「積極的に活動したい」と宣言したペ・ヨンジュンは、写真展や映画のイベントに出席し、2004年11月下旬には2度目の公式来日を果たした。
そのとき、ファンの転倒事故というアクシデントもあったが、誠実な謝罪会見を開いて深謝している。

2005年になると、『四月の雪』(韓国でのタイトルは『外出』)の制作に没頭し、厳寒の中で深夜まで及ぶ過酷な撮影日程をこなしていった。

頭を下げて感謝の挨拶

交通事故で重体に陥った妻を看病する中で知った不倫という事実……。
愛の裏切りを突きつけられた主人公インスは、同じような境遇にさらされた人妻のソヨンと危険な愛に入っていく。

物語は説明的な描写を極力省略して、主人公たちの内面の変化を感性的に表す手法によって進行していった。
ペ・ヨンジュンにとっても、今までの俳優人生で経験したことがない困難に苦しめられた。

1つは、撮影現場でシナリオを簡単に変えてしまうホ・ジノ監督の演出である。
事前からある程度は覚悟していたものの、実際に目の当たりにしたホ・ジノ監督のスタイルは、想像以上のものだった。

準備段階で完璧にセリフを覚えてから撮影に臨んでも、それが急に変更されては、俳優もたまったものではない。
ペ・ヨンジュンも戸惑いが大きかっただろうが、それでも彼はホ・ジノ監督のスタイルを尊重し、最後まで協調的な気持ちを失わなかった。
それが、自分の演技にきっとプラスになると信じたからである。

もう1つの困難さは、共演のソン・イェジンが役柄と比べて若すぎた点だ。
ソン・イェジンは実年齢より10歳近くも上の女性を演じなければならず、そのギャップを埋めるのは容易ではなかった。

当然ながら、相手役のペ・ヨンジュンにも影響が出てくる。
しかし、彼は自分が演技上で悩んでいるにもかかわらず、常にソン・イェジンに優しい目を注ぎ、俳優の先輩として若い後輩を支え続けた。

いろいろな面で苦労が多かった。
そんなペ・ヨンジュンを温かく励ましたのが、撮影現場を訪れた多くのファンたちである。

ペ・ヨンジュンも感謝の言葉を捧げる。

「撮影現場で演技の答えを見つけられず、もどかしい気持ちのときがありました。そんなときでも、外で待っていた多くのファンが一斉に拍手をしてくれました。その瞬間、泣きたくなりましたが、頭を下げて感謝の挨拶をしました」

厳寒の中で、ずっと撮影が終わるのを待ち続けていたファンの人たち。
その気持ちを考えると、ペ・ヨンジュンは新たな勇気が沸いてくるのだった。

文=康 熙奉(カン ヒボン)

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