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『イ・サン』は本当に名君だった?

2017’08.29・Tue

『イ・サン』の主人公の正祖(チョンジョ)は本当に名君だった?

朝鮮王朝時代の名君と言えば、なんといっても、ハングルを作った4代王・世宗(セジョン)があまりに有名だ。
今でも韓国の小学校に行けば世宗の銅像がよくあるし、1万ウォン紙幣の肖像画になっている。
この世宗に名声では及ばないが、匹敵するほどの名君だったと言われているのが22代王の正祖(チョンジョ)である。

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本好きだった意外な理由

518年間続いた朝鮮王朝には27人の王がいた。
暴君、凡庸な王、情けない王、名君と様々な王がいたが、学問に一番精通した王が正祖であった。
「学問の道に進んでいれば、大学者になっていたことだろう」

そう評価されるほど、正祖の文才と博識は際立っていた。
元来が頭脳明晰ではあったが、それ以上に大きかったのは、夜通し読書にいそしんだということだ。
といっても、ただの本好きではない。
もっと切実に、夜に本を読まなければならない事情があった。
それは、寝ている間に暗殺されることを防ぐためだった。

王室の図書館

政争のせいで常に命の危険にさらされていた正祖は、寝る時間を少なくして自らの身を守ろうとした。
読書は起きているための手段でもあった。
1776年に即位したのだが、そのあとで暗殺団が王宮に忍び込んでくることもあった。
これは、国家として尋常な姿ではなかった。
政権内部がいかに混乱しているかを象徴するような事態とも言えた。

「なんとしても改革を実行しなければならない。そうでなければ、政争に明け暮れている間に王朝が崩壊してしまう」
危機感をもった正祖は、大胆な改革に乗り出した。
彼がめざしたのは、政争とは無縁の勢力を育成することだった。
その際に新しい拠点となったのが奎章閣(キュジャンガク)である。
この奎章閣は表向きに「王室の図書館」という位置づけだった。
各種の図書を保管して重要な書籍の編集をする場として公には認知された。
そのほうが、政敵の連中から目をそらすことが可能だった。

優秀な人材を育成した

実際の奎章閣には、どの派閥の色にも染まっていない有能な若手が次々と集められていた。
最終的には100人以上の官僚や学者が集まるようになった。
象徴的だったのは、正祖が自ら身分の垣根を乗り越えようとしたことだ。
本来なら身分が低いという理由で重用されなかった若手もどんどん奎章閣に採用された。
これこそが正祖がめざした改革の一つだった。
それ以前の朝鮮王朝は、あまりに厳格な身分制度を守りすぎて優秀な人材を生かせていなかった。
正祖はその弊害を改めるために、奎章閣をその実験場の一つにした。

結果は、正祖の狙い通りになった。
低い身分とはいえ重責を与えると、多くの若手が想像以上に能力を発揮した。
手応えを感じた正祖は奎章閣の機能を強化し、ここを舞台にして国政の様々な改革を進めていった。
そんな名君であった正祖も、1800年に急死してしまう。
反対勢力に毒殺された、という風評が強い。
本当に正祖は毒殺されたのだろうか。
そうであるならば、朝鮮王朝にとっては甚大な損害だった。
正祖以降は政治が乱れ、朝鮮王朝は衰退の道をたどっていった。

-愛してる韓国ドラマK-POP-



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