韓国「伝統」の街が消滅に…
2017’07.31・Mon
韓国「伝統」の街が消滅に向かう再開発のワナ
骨董品店や古美術店が多いことで知られてきた韓国・ソウルにある街「仁寺洞(インサドン)」のメイン通り。
近年はテナント料の上昇を受け、昔ながらの店が減りつつある。
「あれっ、あの店はどうしたんだろう? ここはこんなお店だったっけ?」
ソウルの街を歩いていると、こんな風に思うことがしばしばある。
店がどんどん変わり、街の表情も短いスパンで移っていく。
昔ながらのお店が姿を消してゆくソウル市内
例えば、ソウル市内の芸術大学がある街として知られる「弘益大学(弘大)」。
隣接する大学街の「新村」からもアーティストが移り住み、人気のクラブやライブハウス、流行の先を行くおしゃれなカフェや飲食店、バーなどがぎゅっと集った街としてかつては若者のメッカだった。
もちろん、今でも若い世代には人気の場所だが、今の時代を切り取るような店はその周辺、さらにまた周辺へと移動していて、昔ほどの勢いは感じられない。
韓国でここ2、3年よく言われるのが、こうした「ジェントリフィケーション」問題だ。
「ジェントリフィケーション」といえば、アメリカでの事例が代表的だ。
低所得者層が多く住む地域で、再開発や文化活動が始まる。
そして、アーティストやスター、ミドルクラスが移住して街の再開発が進む。
そこへ不動産関連の事業者が参入、地価が高騰して、もともと住んでいた人たちが転居せざるをえなくなる――。
欧米でいわれる「ジェントリフィケーション」はざっとこんな現象をいうが、韓国でのこの言葉の使われ方は少し異なる。
韓国では、話題の店などができて、流動人口が生まれた地域に不動産関連事業者が入り、テナント料が高騰。
以前からそこで商売をしていた人たちが立ち退きを迫られる状況のことを指す。
欧州のジェントリフィケーションが「住居地」の変化なら、韓国の場合は「商圏」の変化とでも言おうか。
行政側も、この問題に手を打ってはいる。
2年前、ソウル市は深刻化するジェントリフィケーションの総合対策を発表し、対象として市内6カ所の街を選定した。
その中の一つが前出の弘大だ。
韓国の全国紙記者が言う。
「弘大のテナント料はここ2年で4.1倍に跳ね上がっています。それでもこの1年くらいの間に店が周辺に分散したこともあって上昇率が少しだけ下がりました。ソウル市内でも今いちばんホットな場所として知られる街のテナント料はここ2年で10倍近く高騰しています。ソウル市はそうした状況に歯止めをかけるため、フランチャイズチェーン店の出店を制限するなどの対策を始めています」
ジェントリフィケーションによりテナント料が上がり、店が他の地域に移ってしまい、「人気の街」からあっという間に「寂れた街」へ転落するところもあれば、歴史ある街から"伝統"が姿を消しつつあるところもある。
観光地として名高いソウル市内の仁寺洞(インサドン)。
ソウルを訪れたことがあれば、一度くらい足を運んでいるかもしれないこの街もまた、ソウル市の「ジェントリフィケーション総合対策6街」のうちのひとつだ。
仁寺洞は、朝鮮時代、王宮に勤めていた両班(貴族階級)の家が立ち並んでいた場所で、今でも伝統家屋の韓屋が少し残っていてその面影をわずかに偲ばせる。
19世紀末、生活に困った両班が所蔵していた古美術品や骨董品などを売ろうと店を構えたり、そうした両班によって放出された品物を売る人が現れたのが街の始まりと言われる。
古美術品や骨董品を扱う伝統ある街として長い間ソウル市民に愛されてきた。
それが今、メインの仁寺洞通りには、韓国特有のデザインを施した服を扱う衣料品店に混じって、割安な服や鞄を売ったり、観光商品のアクセサリーを売る店が並ぶ。
フランチャイズチェーンの飲食店やカフェなどもある。
テナント料高騰の直撃を受ける個人商店
以前、軒を連ねていた古い画廊や陶磁器を扱う店、韓紙を売る表具屋、あるいは筆や硯を売る店などは今は数えるほどだ。
「そんな伝統的な店はメイン通りから裏に入った路地に移ったり、よそに引っ越ししたりしました。
仁寺洞はもう往年の姿ではありません」と言うのは、35年来、仁寺洞で飲食店を営んできた店主だ。
「今ではショッピングモールみたいになっていますが、昔はそこに韓屋でできた粋な韓国料理店がありました。仁寺洞通りには古美術品や筆屋、画廊が並んでいて、風情ある街でした。それが時代の流れもあって商売が成り立たなくなってきたところにテナント料がうなぎ登りに上がって、ほとんどがよそに行ってしまいました。今じゃあ、昔の面影を知る人のほうが少ないでしょう」
仁寺洞では、2000年代前半には33平方メートルの物件で月に約400万ウォン(約40万円)以下だったテナント料は年々上がり、今では月700~800万ウォン(約70万~80万円)近くまで上がったそうだ(仁寺洞にある不動産業者)。
30年近く仁寺洞で筆と硯を扱う店を構えてきた店主は、さびしそうにこう言う。
「中国製のアクセサリーを大量に安く売リさばく業者が入ってきたりしている。ここは昔の落ち着いた雰囲気からすっかり変ってしまった。古美術品店などは店舗での売り上げが低くとも、得意先に高価な商品が一点売れればやりくりできていたが、それも厳しくなった。こんな場所には居られないとよそに移っていった人もいる。もう、伝統を感じられる街ではなくなっている」。
仁寺洞は2002年には韓国最初の文化地区に指定されていて、出店業種などに制限が設けられているが、「まったく機能していないようだ」という声も聞かれる。
前出の記者が言う。
「ジェントリフィケーション問題の中心にあるのは、"カネ"です。そのため、今の資本主義社会の中では解決策がなかなか見出せない問題となっています。韓国ではテナント料があがって街を象っていた店や人が周辺や他の地域に移っていくことが繰り返されて、活気のあった場所がどんどん廃れていく。そういうことを繰り返して商圏地図を塗り替えているうちに結局どこに行き着くのか‥‥。この先どうなるかが、何も見えてきません」。
最近では、国土交通省がジェントリフィケーション問題を抱える地域の地元商人を集めて小型の商業施設を作る政策を打ち立てたが、まだ始まったばかりで模索の段階だ。
韓国のジェントリフィケーション問題がたどりついた先には、どんな街並みが待っているのだろうか。
菅野 朋子 :ノンフィクションライター
-東洋経済-
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